占領下の雑誌

 本棚を整理中に月刊雑誌『アサヒカメラ』の1950年9月号が出てきました。この9月号が発売される直前の6月25日に朝鮮戦争が勃発していました。誌面には戦争色が濃く、日本が米軍主体の国連軍の重要な後方基地であったことがわかります。
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 目を引くのは朝鮮戦争の前線に向けて日本から出撃する米軍兵士らの姿を撮影した特集「20世紀十字軍の基地―在日米空軍基地にて」です。ホーレス・ブリストル Horace Bristol (1908-97年)という米国の報道写真家の作品です。6ページ、7枚構成の力作です。

 ブリストルは『LIFE』や『FUTURE』で活躍したカメラマンですが、この時期には日本に駐在して朝鮮戦争をカバーしていました。この9月号の巻末には「出撃の合い間」と題する長文の署名記事も載せています。そればかりか、戦闘とは関係のない6枚構成の「朝鮮スケッチ」も巻頭に載せています。異様ともいえる厚遇です。
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 この9月号に限らず、前後の『アサヒカメラ』を見ると、カメラ雑誌にもかかわらず国連軍、米軍の動きを報じる写真、記事が多数掲載されています。敗戦から5年。まだ占領下の日本です。連合国軍総司令部(GHQ)の意向が雑誌編集に反映されていたことがよくわかります。

 ブリストルについては、いまも公式ウェブサイトがあり、経歴、作品紹介されています。戦争写真のほかにかなりアーティスティックな作品もあったようです。

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# by haterumarisiri | 2018-06-21 06:12 | カメラ | Comments(0)

塩の山

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 台湾の台南市の郊外にある「七股塩山」です。塩業会社が宣伝のために設けた観光施設です。近くには塩製品を販売する店舗などもあります。高さはわずか16mで、5分ほどで登れます。塩といっても粉状ではなく、固さは岩山とさして違いはありません。いなかのひなびた観光地の風情はなかなかいいものです。
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 台南での市街地からは市営バスで40分ほど。途中、有名な名勝「安平古城」やお詣りする老若男女でにぎわう廟などに停車してゆきます。海岸沿いの集落ではカキを満載したトラックとすれ違いました。

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# by haterumarisiri | 2018-06-14 11:47 | | Comments(0)

ロシア語併記

 けさの中国共産党の機関紙『人民日報』が上海協力機構の首脳会合を大々的に報じていました。その記事につけられた写真から、この会合では中国語とともにロシア語が大きな役割を果たしていることがうかがえました。
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 山東省青島で開かれた首脳会合の記念写真では、中国語の会合名の下にロシア語の表記があるのが読み取れます。議長役の習近平国家主席のクローズアップ写真には国名としてロシア語の「キタイ(中国)」と書いた名札があります。ふだんの中国での多国間会議ではまず見かけない光景です。

 上海協力機構は中国が主導して発足した組織で、中国、ロシア、中央アジア諸国などで構成されています。米国主導の世界の動きに対抗する点で共通点は多いものの、構成国の間、とくに中ロ両国の間には政治、経済、軍事の各面で利害の対立もあるはずです。中華思想の中国がロシア語表記を前面に出している光景は、この国際組織の微妙な性格を物語っているように見えます。

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# by haterumarisiri | 2018-06-11 19:09 | 中国 | Comments(0)

鴨緑江を渡ったキエフ

 米国の著名な報道写真家D.D.ダンカンが102歳で亡くなりました。栄光の米国フォトジャーナリズムの最後の輝きがついに天に昇りました。ダンカンといえば、1950年に勃発した朝鮮戦争を日本光学工業のニッコールレンズを通して世界に伝え、まだ無名に等しかったニコンカメラとニッコールレンズの優秀さを世界に知らしめたことで有名です。それはさておき、ここではもう一つのカメラと朝鮮戦争の物語を。

 この写真のカメラは、中国遼寧省丹東にある「抗美援朝紀念館」に展示されているソ連製のキエフKIEVです。「抗美援朝」とは「米国に抗して朝鮮を援助する」、つまり中国にとっての朝鮮戦争を記念する施設です。丹東は中国・北朝鮮国境の中国側の都市で、国境の鴨緑江に面しています。
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 カメラの持ち主だった人物は北朝鮮を支援するために参戦した中国人民志願軍の解方参謀長です。中国がこの戦争に参戦して間もなく、解参謀長は北京に赴き、毛沢東に戦況を報告しました。その場に立ち会った総司令官の彭徳懐が解参謀長に「なにか必要なものはないか」と聞いたところ、解参謀長は「カメラをいただきたい」と答え、このカメラを贈られたのだそうです。

 兵員でも弾薬でもなく、カメラを求めるとは、なんとも粋な軍人です。戦線に戻った解参謀長はこのカメラを愛用し、戦況を記録するとともに1953年の板門店における休戦交渉も撮影したということです。

 この12日にはシンガポールで米朝首脳会談が行われます。朝鮮戦争勃発から実に68年。この会談では休戦状態のままの朝鮮戦争の「終戦」問題も議題になると伝えられています。一世紀を超える生涯を閉じたダンカンはこのニュースをどんな思いで聞いていたのでしょうか。そして彼が朝鮮の戦線でニッコールレンズを駆使していたとき、鴨緑江を渡ってきたソ連製のカメラとレンズがすぐ近くで活躍していたことを果たして知っていたのでしょうか。

❇ 解方 (Xie Fang シエファン)
1908年吉林省生まれ。日本の陸軍士官学校に留学。36年中国共産党入党。軍略家としての評価が高く「抗美援朝戦争の諸葛孔明」といわれた。国民党軍でも共産党の人民解放軍でも少将を務めた異例の経歴の持ち主。84年北京で没。

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# by haterumarisiri | 2018-06-09 09:02 | カメラ | Comments(0)

驚異のコレクション

 知る人ぞ知る札幌の私設博物館「レトロスペース 坂会館」です。クラシックカメラ、こけし、食器、軍服、全共闘関連資料、ブロマイド、銀行の販促景品、鉄道備品、さらにはポルノ雑誌、女性下着と種々雑多な「モノ」が詰まっています。

 札幌の老舗ビスケット会社の役員を務める坂一敬さん (74) がこつこつと収集してきたものです。驚くことに参観は無料。感謝をこめて参観後は隣接する売店でビスケットを買うのがファンのマナーになっています。
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# by haterumarisiri | 2018-06-08 18:04 | 北海道 | Comments(0)